久しぶりの「つれづれ」更新となります。
先月末だったか、立ち寄った横浜の老舗本屋「有隣堂」にてふと目に留めて手にしたチラシ。角幡唯介氏の講演会案内でした。主催が横浜市磯子区、往復はがきでの申込みが“当たった”ので読書家の山友達と一緒に出かけました。
角幡唯介氏は探検家、ノンフィクション作家(文筆家)で『空白の五マイル チベットー世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞、『雪男は向こうからやってきた』で第31回新田次郎文学賞など数々の受賞作を執筆している1976年生まれの探検家です。
最近では太陽の昇らない季節の北極圏を探検する『極夜行』でYahoo!ニュース 本屋大賞、2018年ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞を受賞しています。
私はまず『空白の五マイルーチベット 世界最大のツアンポー峡谷に挑む』を数年前に読んで、これはスゴイ!と思いその後の数冊の読書も含め、どうしてここまで極限の探検を追い求めるのか?など関心を持っていました。なので市内で本人の講演を聞けるとなれば、それなりに興味津々で向かったのでした。
会場にはそこそこ人が入っていましたが、やはり年齢層が高めなのは否めません。それでもちらほら若者の姿もありました。
お役所のイベントらしく終始地味な雰囲気でしたが、角幡氏は題目に添って自分が探検するにつけ、どういう本の影響を受けてきたか?という話をしました。『極夜行』ではどんな苦労やドラマや裏話があったか…などと云う話を期待して会場に足を運んだ人には不本意な内容だったでしょうが、ご本人も始めからその事については断っていました。
冒頭では「読書って恐ろしい」と語り、自分が出会った本にてどのように“人生”が変わっていったか、その出会いによって大きな影響を受けた本を紹介していきました。
以下、文字の多い項目となりますが、ご興味のある方はどうぞ読み進めてください。
【当日の講演】
まずは『ツアンポー峡谷の謎』<F.キングドン・フォード著、金子民雄訳、岩波文庫>を紹介する。処女峰登頂などすでに望めない現在、東ヒマラヤ探検史に関心を持っていた角幡を未踏の地であったツアンポー峡谷へと誘った本。
加え早稲田大・探検部の先輩であった高野秀行が記した『西南シルクロードは密林に消える』<講談社文庫>に大いに刺激を受ける。そこには自分のやりたかった未知なる地域を大胆に走破してしまった先輩への“嫉妬”も抱く。
また『世界最悪の旅ー悲運のスコット南極探検隊』<アプスレイ チェリー・ガラード著、朝日文庫>や『十六の墓標』<永田洋子著、彩流社>は同じ地平=つまり同じ破滅型の本=として“破滅の美学”に引かれた若い当時読んだ、といった話。
『アート・オブ・フリーダム 稀代のクライマー、ヴォイテク・クルティカの登攀と人生』<ベルナデッティ・マクドナルド著・恩田真砂美訳、山と溪谷社>では「登山とは芸術である」と言ったアルパイン・スタイルの登攀を確立したクルティカの哲学が語られている。
登山とはスポーツ=お膳立てされ管理された下で行われる=ではなく、クルティカの登山がそうであったように極限まで装備他を排除し単独或いは少人数による登攀によってその山の美しさが現れる、そういうものだと言う。
これには『冒険と日本人』<本多勝一著、朝日文庫>で記されている「脱システム」という、探検に必須なもう一つのテーマが相関している。
角幡は本多勝一には大いに影響されたが、植村直己には全くなかったと語り、影響された本多の冒険要素を三点揚げた。
- 危険性がある
- 主体性がある
- 前人未到の行為
結局、最終的に角幡は『極夜行』にて極限の「脱システム」のなかで自分自身が「知覚受容体」としてテクノロジーを排除した形で極夜の旅に出たのだった。
極夜性=暗さの本質とは現在位置不明、つまり未来が見えないということであり、逆に明るいということは未来が予想できること。
たとえ陳腐であっても自分の“経験”(=探検)によって普遍的な発見に至る。それは説得力ある答えになる。
闇の意味、光の意味=時間を癒やす希望を与えてくれるもの、それらは知識ではなく自分自身の経験によって至った答えである。
最後に角幡は「僕の本読み方は正確な理解をしようとは思っていないし、自分の思考に影響を与えてくれるような読み方。本に取り込まれない、本を取り込む読み方」であると最後を締めくくった。
私には結構興味深い一時間半だったが、探検談を期待した聴衆にはちょっと退屈な?内容だったかもしれない。
(当日紹介されたその他の本:『千の顔をもつ英雄』<ジョーゼフ・キャンベル著、倉田真木訳、ハヤカワ文庫NF>、『生物から見た世界』<ヤーコプ・フォン・ユスクキュル、ゲオルク・クリサート著、日高敏隆、羽田節子訳、岩波文庫>、『狼の群れと暮らした男』<ショーン・エリス、ペニー・ジュノー著、小牟田康彦訳、築地書店>)