もう少しアカヤシオには遅いかもしれないけれど・・・。
そう思いながら行ってみた稲含山(いなふくみやま)ではまだきれいにピンクの花が咲いていました。
もろもろの後片付けでなんだか少々くたびれたカンジの日々。同行の山友Iさんもクマ調査で丹沢の道なき道を駆けずり回り疲労気味。そういう時のための山があったじゃないか!と互いに瞬時にして決定、アカヤシオ目当てに「リハビリ登山」に出かけてきました。(写真は山頂からの眺め、遠望できる白い山並みは八ヶ岳です。)
これがなんとも丁度いい按配の山で、コース取りも昔からの一ノ鳥居、神の水、二ノ鳥居、そして奥の院の稲含神社を登路に取りゆっくりと登っていきました。多少あった険悪な箇所も登りでは問題なく、下山では階段状に延々と続く閉口気味の道だったので当日の時計回りが正解でした。
登るに連れて早春に時間がさかのぼっていき緑も柔らかな淡い色に変わっていきます。何とも言えない幸福感のなか、山頂での眺望を楽しんでスケッチ。さすがに地元では人気の山、次々と多くの人が登ってきてはそう広くない山頂もいっぱいになってきました。
そこで山頂直下の奥の院まで下りて、その裏手に回りました。行きがけのお参りの折、この裏に打ち捨てられたような苔むした板のベンチがあるのを見つけていたからです。
神社に参る人は居ても、そこまで回り込む人は殆ど居らず、ひっそりとまるで我々を待っていてくれたかのようなベンチ。暑い日差しも遮られホッと一息つける特等席です。そこでしばし、お茶を入れてのティータイム。眼の前にはきれいにアカヤシオがたくさん、まだ咲き残っていてくれています。
この稲含山。無意識に名前を覚えていましたが、稲を含む山と書く所以が今回の山行で多少わかりました。
この山からいずる水(行きがけの沢が「神の水」と名付けられていた)が山麓の城下町である群馬県甘楽(かんら)郡甘楽町に流れる雄川で、江戸初期に織田氏〜松平氏が整備したと言われる雄川堰によって小幡地区北方の水田が潤されているそうです。
そして下界から見る稲含山はとても立派に見え、その特徴的な山容からも人々から水をもたらす神さまの山として崇められていたであろうことが、よく分かるのでした。